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世界に寄りかかること

1週間ほど、アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)というイベントで出展・登壇してきます。
だ、だいぶ緊張してる...((( 'ω')))
今は、オーストリアのリンツという街へ向かう電車の中です。

ということで、このソワソワする気持ちから思ったことを、なんとなく書き残しておこうと思います。

旅の前の不安と向き合う

旅って、いつも行く前が超絶不安です。特に、初めての場所に行くのは。
忘れ物がないかとか、定刻にちゃんと到着できるかとか、電車やバスの乗り間違えをしないかとか。

移動が始まってしまえば、ある程度腹が括れる(?)のですが、前日から当日の朝あたりが緊張のピークですよね。昨晩はよく眠れず、うなされました。

終われば、行ってよかった、楽しかったな、となることが多いのですが、始まる前は、あれもこれも未知なことばかりで、どうしたって不安なのですよね。

不安の根源って、「もし何か失敗した時に、全部一人でリカバーしないといけない」というプレッシャーにあるのかな、と思いました。
苦手な地図を読むのも、乗り換えも、チェックインも、自分でこなさないといけないという部分ですごく緊張してしまう。ワンアウトで死につながる(んなことないけど)ような感覚。

どうしたら不安が軽減されるのか

...という話を人にした時に、
「いざとなったら、周りの人に聞いたり、助けを求めたらいいから怖くないよ」と言われて、なるほどな...と感じたのです。
そう考えてみると、何か困ったことがあった時に、全部黙って一人でなんとか対処しないといけない、という前提で準備しているなと思ったのです。

もしかしたら、世界はそこまで怖くないのかもしれない?

今朝も、電車に乗るタイミングで、キャリーケースを網棚に乗せようと奮闘していた時に、素敵なおじさまが手を貸してくださいました(寿命が伸びた)。

もしかしたら、世界は自分が思っているよりは優しいのかもしれない?

もっと世界に寄りかかる

旅行に限らないことですが、私は世界に寄りかかる、ということが怖くてあまりできていないのかもしれません。


昔は、自分はあまりに非力で弱いと思い込んで、どうせ無理だとやる前から諦めて撤退することが多かったです。
が、怖いことをやってみても意外と大丈夫、と気づく中で、少しずつ行動の幅を広げてこられたように感じます。
自信がなかった私にとって、これはすごく大事なプロセスではあったのですが、一人で全部回せるように能力を高めたり、準備を念入りにしたりという、自力ベースの進め方だったなぁとも思います。


その背後にはいろいろな人に助けてもらった経験があったはずなのに。
その経験をあまり信用していなかったのかもしれません。

きっと助けてもらえるだろうという安心感には、絶対に寄りかからないようにしよう。
いつはしごを外されても、放り出されても大丈夫なように、準備をしておこう。
と、常に覚悟を決めながら、油断なく過ごしていたのかもしれません。


ここ最近、自分と距離が近い人に対してから順に、じわじわと他力を頼ることを覚えてきたように思います。
本当に心から信頼している人に深い本音を話したり、仲の良い友達に自分のことを少しずつ開示したり、一緒にプロジェクトを進めているチームメンバーに、行き詰まりをシェアして助けを求めたり。

その中で、過去の「自分しか頼れない」「この人しか頼れない」という状態は、少し脆かったな、と気づくことがありました。
頼れる先が細く集中的であるほど、そこが命綱のようになってしまって、ワンアウト即死の可能性が高まってきます。
が、ちゃんと自分のことを開示できたり、助けを求められたりできる場所があればあるほど、自由に動き回っても大丈夫だ(頼れる先はちゃんとある)という安心感が高まるように感じたのです。

まとめ

さて、だいぶ脱線したのですが、旅の不安から始まって、もう少し安心しながら、世界にほんのちょっと寄りかかってみてもいいのかな、と思ったお話でした。
この記事を書きながら、昨日からずっと抱えていた不安も、少しだけ軽くなりました。

自分を頼りにすること。
身近な人を頼りにすること。
その次のフェーズでは、もうちょっと広い世界を頼りにしてみてもいいのかもしれないよね。