劣等感で創作が嫌になるのは、一流でなく一番を目指しているから - 切り絵Blog 影織文庫

劣等感で創作が嫌になるのは、一流でなく一番を目指しているから

先日、カウンセラーさんの書いているこんなブログ記事を見つけました。

この記事の中で、投稿者さんは「一流になれないとダメなのではないか、幸せになれないのではないか、一流でないと自分を認められない」という悩みを相談しています。

これに対して、「(投稿者さんは)一流になりたいのではなく、一番になりたいのかもしれませんね」と評しているのを見て、気づきを得た、というお話をしましょう。

一番が見えない世界で一番を目指すから苦しくなる

例えばかけっこは、一番最初にゴールについた人が一番です。明快ですね。

では例えば切り絵の一番、は何で決まるのでしょうか。
線の細さでしょうか。作った作品の数でしょうか。展示会の開催数でしょうか。SNSのフォロワー数でしょうか。
これ、とは決められないですよね。

このような明確な数値や評価軸では測れない分野で「一番」になろうとすると、どこまで頑張ればいいのか、どうやって一番になったらいいのかという袋小路に入ってしまいます。

仮に評価軸をフォロワー数と決めたとしても、一番を目指すと、苦しくなります。
一番には一人しかなれないからです。
一番になれなかったら悔しくみじめな思いをしますし、一番になれたらなれたで、次にいつその座を奪われるかとやきもきします。

一番を目指してチャレンジするのはわくわくしますが、そこに価値を置きすぎると、争い続けて、消耗してしまうことがあります。

私自身、SNSでたくさんの素晴らしい切り絵作品を拝見して、
「自分はなんでこんな作品しか作れないのだろう…」
「こんなつまらない作品なら、作る自体無意味だ」
とめちゃくちゃ卑屈になって、一時期創作スランプにおちいったことがあります。

今思えば、あの頃は切り絵の「一番」を目指して、楽しさを忘れていたのかな、と思います。
しばらくしてスランプを抜けたのは、わかりやすい評価軸だけで切り絵の価値すべてが決まるわけではない、そもそも勝ちも負けも、一番も二番も何もないのだと気付いたからでした。

一番を決められない世界だから一流を目指そう

改めて「一流の切り絵作家」について考えてみましょう(「切り絵作家」じゃ考えにくい、という人は、「料理人」「エンジニア」などなど置き換えてみてください)。

 「一番の」というと、たった一人だけで、その下に二番、三番…と序列がついていくような感じですが、
「一流の」というと、一人に限られないようなイメージです。あの人もこの人も、あなたも私も素敵だよね、という寛容さ、多様性がありますよね。

また「一流」は必ずしも人と比較によって定義できるものではありません。
確かに、その道の一流の人は、人と比べて卓越した技術を持っているかもしれません。
しかし技術だけではなく、そこに向き合う姿勢やこだわりや愛情など、その人の中での意識の持ち方が大事であって、
それらは、誰かと比べてよりストイックだ、よりこだわっているなどと判断する必要はないと思います。

ですので、一流を目指そう、と考えることで、人と比べての優越感や劣等感に振り回されることなく、自分のペースでこだわりをもって創作していけるのではないでしょうか。

まとめ

創作活動をしていて、人と比べて劣等感を感じ、落ち込んでやめてしまいたくなることがありますよね。
そういう時、「自分は一番のない世界で一番を目指して追い込んでいないか?」「一流を目指して自分の技をじっくり磨いていけばいい」と考え直せたら、前向きになれるのではと思います。

劣等感で創作が嫌になるのは、一流でなく一番を目指しているから 劣等感で創作が嫌になるのは、一流でなく一番を目指しているから Reviewed by 影織 on 5月 12, 2018 Rating: 5