心って、空や海と同じようなものかもしれない

今日はちょっとスピリチュアルっぽいお話を。

昨日の記事を書きながら、心は空や海のようなものだと気付きました。

これまで、心は球体みたいなもので、嬉しいことがあるとピカ―っと輝いたり、つるつるになったりして、逆に嫌なこと、辛いことがあると、欠けたり、ぐしゃっと変形したり、穴があいたり、凹んだりするというイメージがありました。
そして「私の心はどこか歪んでいる」「あいつらのひどい仕打ちのせいで私の心はどこか歪んでしまった」
みたいな思いも、持っていました。怖い。

でも、心は静かな水面みたいな感じで、たとえば何か動揺すること(それがよくも悪くも)が起こると、石が投げ込まれたように波や泡が立って、そしてまた静かな水面に戻る、というサイクルを繰り返しているだけなのだな、と思ったのです。

あるいは空みたいなものと言ってもいいでしょう。
晴れたり曇ったり、台風が来たり、雷が落ちたり、ころころ移り変わるけれども、それによって「空が壊れた」「空がぐしゃっと歪んだ」みたいなことは起こらないですよね。

空も海も、丸とか四角とかいう定型がありません。ただどこまでも広がっています。
外からの刺激でいろいろな側面を見せることもありますが、その刺激で、空や海自体が壊れたりなくなったりするものではないでしょう。
海に石が投げ込まれても、海であることに変わりなく、
空に雲が出ても、空であることに変わりないです。
ずっと高波が続いたらどうしようと憂う心配もなく、
ずっと晴天であることを願うことは無意味です。
さまざまに移ろい、循環して、それが自然で美しいのです。

心も同じだね、と気付いたら、すごく深い安心感を覚えたのでした。