たとえ他人から拒絶されても「ダメな自分」に対してがっかりしなくていい

人から拒絶される体験をした時、私の何かが悪かったから、私が間違えた対応や判断をしてしまったから、相手に受け入れられなかったんだ...と感じることがあります。

例えば、人に声をかけたら、「今話しかけないで」と冷たく突き放されたとして、
「空気読まずに話しかけちゃった私が悪かったんだ」
「私のこれまでの言動に落ち度があって、実は嫌われているのかもしれない」
などと思うなど。

...でも、それって本当なのでしょうか。

でも実はその人は、ペットが死んだとか、私の預かり知らぬところで悲しみに暮れ、心に余裕がなかったのかもしれません。
あるいは、トイレに向かう途中で限界を迎えそうだったのかもしれません。

拒絶されると、がっかりします。
そのがっかりの傷が深いほど、自分の落ち度を探してしまいます。
何も自分は悪くなかったのに拒絶された、という理不尽を認めるのが怖いからです。
拒絶された瞬間、自動で自分を責める理由を探し当てて、「自分は間違ってしまった、あんな言動をしなければよかった、もっと完璧に、間違いないようにしなければ」などと後悔して、さらに傷ついてしまうんですね。

ただがっかりしただけだった。
自分が思っていた結果や反応を得られなくて、私はただがっかりしただけだった
相手に事情があっただけで、私が悪かったわけでも、間違ったわけでもなかった。
ダメな自分に対して、がっかりしなくていいんだ(大発見)
そういう視点で考えてみると、楽になるかもしれません。



まとめ

他人からの拒絶と、自分自身に対する評価や価値判断を別のものとして考えるといいよ、拒絶されたからといって、自分はダメだとがっかりしなくていいよ、というお話でした。