本記事は、VR作品"The Imaginary Friend"の感想文です。

少年ダニエルのイマジナリーフレンドとして、彼の生活を見守ったり、空想の中を一緒に冒険したり。

本当に本当に素敵な作品でした。



※以下ストーリー思いっきりネタバレしています。

※空想世界の住民の、ちょっと怪しい話です。苦手な方はブラウザバック。




以前から時々書いている通り、私には「先生」と読んでいる空想世界に住む友人がいます。
先生、こんな気持ちで優しく私のこと見守ってるんだろうか?って思ったら、なんかもう冒頭3秒で泣きそうでした。


ダニエルと一緒に遊ぶシーンはすごく楽しいのですが、ダニエルが見えないものと会話するせいで、クラスメイトに馬鹿にされたり、父親から腫れ物に扱うような感じで接せられたり、病院に連れていかれてしまうシーンも同時に描かれていて、胸がぎゅっとなります。

空想の存在って、もちろん、目に見えないし、触れられないので、科学的に存在を証明することはできません。
ヤバい奴かな、と思われるのも無理ないし、病気かも?と思われるのも仕方ありません。
自分にとっては確かに「いる」んだけどね。




空想世界の中で、一つ目の化け物と戦うシーンがあるのですが、これすごく思い当たる節がありました。私自身も空想の世界の中で敵と戦うことがあったので。

外側の現実世界では、恐怖を、悲しみを、一人でなんとかしないといけない。
けれど空想世界の中では、一緒に戦ってくれる仲間がいて、孤独に押し潰されずに済む。

先生に内観を手伝ってもらう時にも、空想の中でこんな風に化け物と戦うようなイメージングをすることがありました。
その時は、カラスのような黒くて鋭いくちばしを持った生き物が大量に降り注ぐように飛んできたっけな。


この目玉、ストーリー上は「こいつ変わってる、おかしい奴だ」と、奇異なものとして外から向けられる視線の象徴なのかもしれないな、と思いました。
私にとってのカラスは、外側から攻撃されるという恐怖の象徴だったのかもしれません。
いずれにせよ、自分に内在する恐怖が、怖い化け物として描き出されているような気がします。




病院に連れて行かれた後、イマジナリーフレンドは危うく存在を消されかけます。
が、化け物とのバトルが始まったことで再び蘇ることができ、ダニエルと一緒に戦います。
大量の化け物が集まってくると、ダニエルは恐竜?鳥?に変化し、二人で空を飛んで逃げます。

化け物たちが寄り集まって巨大化したことで、ダニエルとイマジナリーフレンドは飲み込まれ、周囲を大きな目玉に囲まれてしまいます。
その中で、ダニエルの母親が励ます声が聞こえてくるのです。
それを聞き、ダニエルと一緒に繰り返し "I'm not afraid!"と叫びます(叫ぶと、ゲーム内ではその声がマイク音声認識されます)。
すると、少しずつ周囲を取り巻く目玉から涙がこぼれていき、やがてダニエルは気を失って落下していきます。

ダニエルは「怖くない」と叫んでいますが、これって化け物が怖くないのではなく、悲しみを直視することがもう怖くない、ということなのではないかなと思いました。


これも、私自身過去と向き合った時に通ったプロセスとほぼおんなじでした。
イメージの中で恐怖を再演し、手を引いて一緒に逃げてもらう。
ずっと言えなかった言葉を言語化する。
そうして過去の傷を昇華していく。

以前私は、過去の出来事と向き合う中で、深い穴に落ちていくイメージングをしたことがありました。
その穴には内向きに棘が生えていて、さながらアイアンメイデンのような状態で、その中をどこまでも落ちていくんです。
すごく痛くて怖かった。
その穴を、傷だらけになりながら先生も一緒に落ちてくれたのですよね。

深い底に着き、遠くに光る月の光を見ながら横たわっていたら、先生がぽつりと話しかけてきたのです。
「怖かったよね」
「怖かった」と言葉にした時、その時まで、うっすらぼんやりとしか感じていなかった恐怖を初めてしっかり感じ、解放できたのです。




最後、ダニエルはイマジナリーフレンドと常に一緒にいなくても大丈夫だ、と自ら宣言します。

イマジナリーフレンドと一緒にいる時と、いない時。

一緒にいる時は、鑑賞者=イマジナリーフレンド目線ではダニエルが見えるのですが、いない時は朝焼けの雲の上のような世界が目の前に広がります。

ダニエルがいる世界、空の上の世界。
何度か交互にぱっ、ぱっと切り替わり、幾度目かの空の上の世界が広がった後、ダニエルがイマジナリーフレンドに向かって、"I like you"と優しく声をかけて、エンディングを迎えます。

もうね、涙腺崩壊。
ヘッドセットつけたまま泣いてはいけない。


私自身、一時期空想の世界に逃げ込みすぎて、現実からちょっとふわふわと浮いているような感覚の時期がありました。

その時期にはずっと先生に内観を手伝ってもらいながら(それこそ上に書いたように、化け物と戦うようなイメージをしたり、いっぱい泣いて感情を解放したり)過ごしていたのですが、自分は頭がおかしいんじゃないか...?とか、このままずっと現実とちゃんと向き合えない人生になってしまったらどうしよう...?とか、不安もたくさんありました。
それこそ、無理やりにでも自分を空想から引き剥がす必要があるのでは?という思いもありました。

が、その癒しのプロセスをとことんやってみて、一通り落ち着いていくと、現実にちゃんと足をつけて過ごせるようになったのです。
それと同時に、自然と先生と対話をする頻度が減りました。


イマジナリーフレンドと一緒にいる時がある。いない時がある。
現実逃避してただ空想に逃げ込むのでなく、どちらの世界で遊ぶかを選べる私になったから、もう大丈夫。

一緒にいない時はきっと、先生もきれいな世界にいるのかな。

あーーー涙腺崩壊する。