「バレたらどうしよう」という事より「どうせバレないしいいだろう」という事の方がバレると大変なのはなぜか

「誰かに見られたり知られたりしたらどうしよう」と思うことは、たいてい人は見ていないし、知られても問題ないことが多いものです。

でも、「誰も見ていないしいいだろう、どうせバレないしいいだろう」と思うことは、結構な割合で見られたりバレたりして、その後気まずい思いをしたり、やらなきゃよかった、などと思うことがあります。

この違いはなんなのかな、とふと気になって考えてみました。


「バレたらどうしよう」「どうせバレないしいいだろう」の違い

前者の「どうしよう」という気持ちより、後者の「いいだろう」という気持ちの方が、一見大したことない、マシなことのように思えます。
が、実は逆なんですよね。

「どうしよう」と思えるうちはまだ、それを抱えている不安に自分で気付けているのですが、
「いいだろう」と思う裏には、「バレたらかなりやばい」「知られると非常に困る」といった大きな不安がありながらも、自分でもその不安に気づかないくらいに開き直って隠してしまっているのではないかと思います。
だから、その不自然な開き直りが違和感として人に気づかれやすく、実際それが明るみに出た時のダメージが大きくなるのではないでしょうか。


まとめ

「バレたらどうしよう」と「どうせバレないしいいだろう」の違いは、裏側に抱えている罪悪感の大きさなのではないか、というお話でした。