人を喜ばせることへの抵抗感(後編)

前回の記事は、相手を喜ばせるために、なぜ苦しくなりがちなのか、過去の出来事から探ってみたお話でした。

今日は、どうしたらその考え方を変えられるだろう、と考察した日記です。



やり方とあり方

その後の実家とのやりとりで、「食材の代わりに帽子を送ってほしい」という申し出があったんですね。
それで帽子を探し始めたのですが、ずっと、なんとなくもやっとしていました。


もう少し深く考えてみると、私は、「私の良いと思うやり方」で喜んでもらえないのが悲しいのだとわかりました。

その時ふと、やり方とあり方は違うな、と思ったのです。


やり方というのは、目に見える作業、ツール、手法、なにか実現したい時の具体的な方法

あり方というのは、目に見えない心、自分の信念、大事にしたい思い、魂、テーマ、本質的なもの

...などと分けられるでしょうか。



そして、子供の頃に自分の好きなものが否定された時、やり方とあり方が一緒に否定されてしまっていたように私は感じたのだな...と思ったんですね。

「これを好きで選ぶ(やり方)なんて、(あり方が)変わっている。(あなたのあり方を)受け入れにくい」
「もっと派手で華やか(な、あり方)であってほしい」
と。

そんな経験から、誰かにやり方を否定されただけだったとしても、「ありのままではいけない」というあり方の否定のメッセージも自動的に一緒に受け取ってしまい、深く傷ついていたんですね。



やり方を否定されたとしても、あり方はそのままでいい

そんな風に改めて分けてみた時、

本当に、本質的にこうありたいというのは、手段一つ変わったくらいじゃ揺るがないって知ってる!
手段を変えても、私は私!

そんな力強い気持ちが湧いてきたのです。


もちろん、自分発案のやり方が否定されれば、悲しいこともあるかもしれません。
しかし、もしそれで落ち込んだり、わからなくなったりしたら、本質的なあり方を思い出せばいいだけだ、と気付いたんですね。


やり方を変えることは、自分のあり方、魂を削ることではない。
だから、あり方を外さなければ、やり方は柔軟に相手に合わせて変更してもいい。
あり方を変えようとする人からは離れていい。

そうわかって、すごく安心したのです。



まとめ

私の場合、特に仕事をする時に、この「やり方と同時に自分のあり方が傷つくことを極度に恐れるから、人(上司、クライアントetc...)を喜ばせるために動くのが辛くなる」という癖がよく出ていました。

こうして見てみたことで、人を喜ばせることに対して、必要以上に身構えなくてもいいのだ、と気付いてすごくホッとしたというお話でした。