大好きだったはずの趣味を続けるのがしんどい、もう嫌だと思ってしまった時の考え方 - 切り絵Blog 影織文庫

大好きだったはずの趣味を続けるのがしんどい、もう嫌だと思ってしまった時の考え方

切り絵ではないのですが、かつて本当に大好きだった趣味が嫌になってしまったことがあり、ずっとそれが心残りで、引っかかっています。

大好きだったことを、もうやりたくないな、と思ってしまう時、
その理由の一つには、他人からの評価が気になって仕方がなくて、苦しくなってしまった、ということがあるかと思います。
しかしそれは、表面的には他人の言葉に傷ついているように見えて、本当は自分の理想像と現実の自分を比べて落ち込んでいるのではないかと気付きました。

自分で自分に期待するとき、それは向上心にもなるのですが、過度な向上心は時にプレッシャーになって、本当に楽しいことが楽しくなくなることがあります。
本当はこうあるべき、なのにできていない。
本当はこうありたい、でも届かない。
そうして自信を失ってしまうのです。

最初は楽しい。新しいことを覚える、できなかったことができるようになる、その過程そのものが楽しいからです。
けれども、ある日誰かにけなされたり、誰かに負けたりする。当然落ち込みます。
なんでダメなんだろう。悔しい。
しかし、それだけでなく、誰かに褒められたり、誰かに勝ったりしても、やっぱり不安になるのです。
今回はよかった。でも、次回はどうだろう。次回もよい結果を残せるように、努力しなくては。いや、さらに自分を磨いて、今回以上によい結果を出さなくては。

自分に誰よりも期待し、誰よりも失望しているのが、自分自身です。
もっともっと、よいものを。
より高みを目指すため、もっとやりたいという気持ちが、楽しさを押しつぶして、ある日苦しい、でもやらねば、という気持ちなってしまった時、やりたい、が逃げたい、に変わります。

趣味が嫌になってしまうのは、この自分の高すぎる理想のせいかもしれません。
その高すぎる理想は、ダメな自分を見たくない、自分がダメだと気付いてしまったらここにいられない、という思いかもしれません。

どうしたら、理想と現実のギャップに落ち込みすぎないのか、
どうしたら楽しいことをただ楽しいと続けていくことができるのか、まだ答えは出ていません。
そして、いまやっている切り絵も、いずれ同じように、届かない理想を追い求めることに息切れして、嫌になってしまうのではないか、と少し怖い気持ちがあります。

しかし一方で、この苦しみは他人の評価が原因でなく、自分が作った基準ラインが原因とわかれば、自分の考え方を変えることで突破口が開けるのではないでしょうか。

腹の底から納得して、この厳しい基準ラインを見直そうと思えた時、
あの頃大好きだった趣味にもう一度触れることもできるかもしれない、
いまはまだ大好きな趣味を、今後嫌いにならないで済むかもしれない、と
そう思うのです。

大好きだったはずの趣味を続けるのがしんどい、もう嫌だと思ってしまった時の考え方 大好きだったはずの趣味を続けるのがしんどい、もう嫌だと思ってしまった時の考え方 Reviewed by 影織 on 2月 20, 2017 Rating: 5