何か依頼された時に、「はい、できます (死ぬほど頑張れば)」と答えることがあります。
今日はつい自分を追い込んで、苦行したくなっちゃう人向けのお話。


やればできます。ただし全てと引き換えに。

私はしょっちゅう自分で自分を追い込んで、すぐ命がけになってしまいます。
仕事にしろ趣味にしろ、
「ちょっと(=寝る間を惜しみ、生活全てを犠牲にして)頑張ればできる」
「気合で(=精神的にぱつんぱつんで体の調子もおかしくても、それに目をつぶれば)乗り越えられる」
...を、たくさんやってきました。
今も、時々やってしまう。

そういう人は「できる」の定義を変えてみた方がいいのかもしれません。
全てを代償にすれば自力で完遂できること=「できる」だと、めちゃくちゃ苦しいです。
これを脳筋定義、とでも呼びましょうか笑

だから、
自分の体や心が楽な状態で完遂できること=「できる」
一人で完遂するには自分の体や心がきつい状態になりそうなこと=「できない」
と、まず認めてしまうのです。
これをやさしさ定義、と呼びましょう。


「できない」の定義について

従来の脳筋定義だと、「できない」=「自分の全てを代償にしたとしても成し遂げられない」=「これを成し遂げるには、マジで命捧げるしかない」=「
でした笑
なんてこったい。
だから、「できない」=「絶対にやらない(だってその先には死しかないから)」でした。

でも、やさしさ定義にのっとるならば、
「できない」は「絶対にやらない」と避けなくても良いんです。

なぜなら、この定義での「できない」ことは、ちょっときついと感じるかもしれないけれど、死ぬようなことじゃないからです。
(※脳筋定義での「ちょっときついと感じるかもしれないけれど、死ぬようなことじゃない」は、例え話的には「全身複雑骨折で瀕死状態だけど、辛うじて命はある」くらい追い込まれた状況になっちゃいがちなのですが、ここももっと優しく定義を見直しておきましょうね。例えば「高尾山の山道を登ってふぅふぅ言うくらいの感覚」とか)

そして、
「一人でやるのだときつくなってしまうので、助けてくれませんか」
「こういうスケジュールなら、できます」
と言うヘルプや交渉を求めることだって、できるんです。
全部一人で抱えなくていい。
誰かに頼ることで、自分の体や心が楽な状態に持っていって完遂できるなら、それでOKなんです。

そんな風に、自分が「できる」ものに落とし込んで処理していけばいいんですよね。
あ、「できる」じゃないですよ。


脳筋定義をやめた方がいい理由

脳筋定義にのっとるやり方だと、トラブルなどを瞬発的に乗り越えることができても、間違いなく肉体的にも精神的にも磨耗して、長期的に続けることが厳しくなっていきます。
好きで始めたことでも、うんざりして、もうできなくなってしまうかもしれません。
何度か折れたことがあるからこそ、そう思います。

しかも、他の人からは、そこまで追い込まれながらやっているなどとは、到底見えないんですよね。
その辛さを見せないで元気よく動くのが、とても上手いから。
そこでダメだった、と潰れてしまえばまだしも、なんとかできてしまった場合、「じゃ、次もお願いね」と軽くお願いされてしまい、苦しみが続くこともあります。

それに、自分の全てを犠牲にして命がけにならなくたって、やさしさ定義を採用したって、結果を残すことはできるんです。もしかしたら、人と一緒に進めることで効率が上がって、もっと大きな結果を出すことだってできるかもしれない。


「できない」を認められない理由を考えてみる

それでもやっぱり、脳筋定義にしがみつきたくなる、ということもあるでしょう。
わかる〜。

「できない」を認めてしまうとどうなるのでしょうか。
クソ役立たずの、わがままで無能な甘ちゃんになってしまって恐ろしい、と思うでしょうか(お口が悪い!笑...でも昔の私なら、自分に対して情け容赦なくそう思ってしまっていただろうな)。

やさしさ定義で「できない」ことは、脳筋定義で全部「できる」ことと分類されていました。
だから、できないを認めたら、できることが減ってしまいます。
それで、自分が弱くなってしまったような、ダメになってしまったような、衰えてしまったような気持ちになるのかもしれません。

弱くてダメだと、何が怖いのでしょうか?
私の場合、できない=切り捨てられてしまう、一人ぼっちになるという恐怖がこびりついていました。
でも、やさしさ定義でいくならば、できないから誰かにヘルプを求める=みんな助けてくれる!見捨てられない!のです。
声を上げてみたら、世界はそんなに怖くなかった。

すごく怖いかもしれないですが、やさしさ定義を少しずつ取り入れてみることで、人生が優しく、また易しくなっていくのかな、と思います。


まとめ

自分を追い込んで苦しくなり、そんな状況はもううんざりだ、と言う人へ。
脳筋定義からやさしさ定義に乗り換えてみよう、というお話でした。