変わったら楽になるというけれど、なんで自分が変わらないといけないの?と抵抗したくなる時は

こう考えると楽になれる、ものの見方をこんな風に変えると生きるのが楽になる。
と、頭でわかっていても変わりたくない時があります。

なんで、私が変わらないといけないの。
そんな気持ちで、変わるのが嫌だなと思うことが、とりわけよくあります。


なんで自分が変わらないといけないの?

そんな思いが湧いてくる時、変わることに「負ける」「自分が折れる」「自分がだめだったと認める」「我慢して自分を殺す」...などなど、自分を否定するような、大きなマイナスイメージがあるから、きつくて嫌なことと感じるのではないかと思います。

ですので、なんで自分が変わらないといけないの?の言葉の裏には、
ただでさえ自分は傷ついているのに、もっと傷つけと?
悪いのはあいつじゃん、環境じゃん。
という怒り、そして、
それらのせいで自分は傷ついて折れたのに、ますます我慢して自分を折らないといけないの?という悲しみがあるんですよね。


変わることは、ルート変更と同じ

でも、変わるということは、本当はそうマイナスなことではありません。
変わることが、昔の自分を否定することに繋がる訳ではありません。

例えば、普段の通勤通学で、車通りの多い表通りを歩いていたけれど、緑の多い裏路地を通るルートに変えたという時、

「表通りを歩いていた自分は間違っていて、恥ずべきだめな奴だったと認めなくてはならない」
「表通りを歩いていた過去の自分を否定して、裏路地を通る」
「表通りを歩いていた過去の自分を殺し、表通りを歩いていた己の過ちを認めて、裏路地を通る」
とは考えないですよね笑

ただのルート変更
裏路地を通ることにしよう、と決めたから通る。

それと同じで、「以前はAという思考のルートを辿っていたけれど、Bという思考のルートを通ることにした」という、それだけ。
そう考えると、少しほっとするでしょうか。


まとめ

変わることは、過去の自分を否定することじゃない。
ただの、ルート変更。