「〇〇に感謝しましょう」という言葉にイラっ、モヤっとする時の考え方

「目の前にあるものに感謝しましょう」
「育ててくれた親に感謝しましょう」
「自分を支えてくれた周囲の人に感謝しましょう」
「感謝することで運が開けます」
自己啓発本などでよく聞く言葉ですが、なんとなくひっかかりを覚えることがあります。


なぜ「感謝しましょう」にイラっ、モヤっとするのか

感謝とは、誰かに優しくしてもらったり、助けてもらったりした時、嬉しいな、ありがたいなと感じることや、そう感じた気持ちを行動に移すことです。
嬉しい、ありがたいという思いがあって、そこから礼を言うとか、相手に何かプレゼントするとかの行動が起こるわけです。

思いというものは、目の前の出来事や相手の言動を受けて、自発的に生まれるものです。
逆に言えば、「こういう時、こんな風に思わなきゃいけない」「こういう時、こう思ってはいけない」と外側から強制することができないものです。


そう考えると、「〇〇に感謝しましょう」という言葉は、「〇〇という出来事や相手の言動に対して嬉しく思いましょう、ありがたいと感じましょう」というように、思いの持ち方を方向づけられるような感じだから、気持ち悪く感じるのではないかと思うのです。

また、感謝したらいいことがありますよ、みたいな言説も、「ラッキーなことが起こるように、感謝しておこう」「感謝しておけば、ラッキーなことがあるらしい」みたいになりやすいですよね。
本来、嬉しいな、という思いがあり、それを形にするために何か行動に移す、という感謝の一連の流れが、思いを抜きで、形式的な感謝行動をすることでもいいから、とにかくラッキーなことを狙いに行く、という本末転倒なことになりうるので、なんだかすごく気持ち悪く感じるのだとも思います。


どう考えたらいいのか

先ほど書いた通り、感謝は自発的に生まれてくる思いや行動です。
〇〇に感謝しましょう、という言葉が苦しかったり、モヤモヤイライラする時は、おそらくその〇〇に対して、ありがとう、嬉しいという気持ちが自然に湧いてきていないにも関わらず、感謝しないといけない、と感じるねじれがあるからなのだと思います。

そこで必要なのは、モヤモヤに蓋をして無理に感謝することでなく、感謝できない自分を責めることでもなく、まず、そのモヤモヤが何なのかを直接しっかり見つめてみることなのだと思います。

そのモヤモヤを見つめることで、自然と感謝の気持ちが湧き上がって受け取れるようになるかもしれません。
あるいは、それはわざわざ感謝して受け取ろうとしなくてもいいことなんだ、と手放すこともできるかもしれません。
いずれにせよ、自分の気持ちに素直に行動できるようになって、楽になれるのかな、と思うのです。


まとめ

「感謝しましょう」にモヤっ、イラっとするときは、そのモヤっ、イラっを見つめてみる。
そして、感謝したいものには感謝して、感謝できないものはそっと手放していけるといいのかな、と思うのです。