「なんかイヤ」の何がイヤなのか?その言語化を阻むフィルターの話

先日、ちょっとイヤだなーと感じることがあって、パートナーに伝えようとしたのですが、なかなか伝わらずに悶々としていました。その後、

「え、つまり結局これがイヤだったんだよね?」
「もっと素直に言ってくれたらいいのに笑」

と言われて

「あ〜〜〜言われてみれば本当それ」

とようやく気づけました。



なぜ上手く伝えられなかったのか

だいぶ上手くなってきたとは言っても、私はイヤを(特に身近な人に)伝えるのがまだまだ苦手です。

その結果、オブラートでガチガチに固めた回りくどい言い方になってしまっていたんですね。


遠回しな言い方じゃなく、はっきり嫌だと言えばいいじゃないか。

...と思うのですが、今回の体験から、

「なんかイヤだと感じている時、実は何がイヤなのか言語化できていないことがある」

「何がイヤの本質か自分でもよくわかっておらず、オブラートで密閉包装するような言い方になることがある」

と気付いたのです。


モヤっとイヤだな、腹立つな、と感じたことを言語化しようとした時に、

「人を傷つけないマイルドな伝え方にするにはどうしたらいいか」

「波風立てない言い方はどんな言い方か」

などのフィルターを自動的に通してしまうので、自分の中で、最初からふんわりした曖昧な言葉にしかならないんですね。


だから、
「これがイヤだ!」があって我慢しているのではなく、
うーん、なんかイヤ...くらいのモヤッとした気持ちしか、そもそも自分の中に湧いてこないんです(衝撃)。


私はよく悩んだり困ったりしたら紙に書くのですが、

そうして客観視することは、実はこのフィルター解除をしているのでは...とも思いました。

誰にも見せない前提で書くので、「人を傷つけないように」「角が立たないように」などのフィルターを通さない、そのままの言葉が出てきやすくなるんですね。



まとめ

言語化する時、伝える相手に対してどんな遠慮や懸念があるだろう?

そこを見た上で、自分一人で向き合ってみると、上手く言語化しやすくなるかもしれません。