川の水が増減したら、「川自体の価値」も増減すると思う?

自分の過去のブログを読み返していたら、以下のような文章を見つけました。

川の水が増水したり減水したりすることはあっても、
川が川であることに変わらないですし、
川自体の価値が増減したりする訳ではないですよね。
人間も同じなのかな、と思うのです。


お、いいこと言うな、と思った反面、

本当に川の価値が変わらないだろうか?とふと考えました。



価値とは?

例えば、舟運に使われている川があまりにも減水して、船が通れなくなってしまったら、「川の価値が下がった」と言えるかもしれません。

しかし、減水した川の風景が、インスタ映えして、人気の観光スポットになったら、「川の価値が上がった」とも言えるかもしれませんよね。


交通路としての価値が下がって、観光地としての価値が上がった。

価値は、見る角度次第で、高くも低くもなるんです。





また、その川のインスタ映えブームが一時的なもので、すぐに人々に飽きられてしまったら、「川の価値が下がった」とも言えるかもしれません。

でも、川の減水が起こる前よりは、まだ観光スポットとしてそれなりに人が集まっているとしたら、「川の価値は上がっている」とも言えるかもしれません。


最盛期よりは観光地の価値が下がったけれど、減水する前に比べたら、観光地としての価値は上がっている。

価値は比較対象次第で、高くも低くもなるんです。





さて、問題です。

この減水した川そのものの価値は、上がったのでしょうか?下がったのでしょうか?




自分の価値を考える時

あれができるから自分は価値がある、

これができないから自分は価値がない、

みたいに考えがちですが、

価値はそんな単純かつ固定的に決まるものではないのかもしれません。


視点や比較対象次第で、いくらでも高くも低くもなるんですね。




さて、問題です。

自分そのものの価値は、「それ」ができる(できない)ことで、上がったのでしょうか?下がったのでしょうか?



まとめ

と言うことで、価値って何だろうね、と考えてみたお話でした。




ちなみに冒頭の引用をしたブログはこちらです。

創作活動の意欲が落ちた、スランプかも...と思う時に思い出したいこと

※最近のブログに比べて、文章の隙間がないので、ちょっと読みにくいかも笑