※ちょっとスピリチュアルな怪しいお話。
自分にも人にもオラクルカードを引くことが時々あります。
これが、体感うまくいく時と、いかない時がある。
今日はこのコツについてちょっと話してみようかな、と思います。
うまくいかないのはなぜ?
邪というか...「良いとこ見せよう」「きれいにまとまった意味を見出そう」みたいな、何か作為的に操作しようとする感覚、といえばいいのだろうか。
これがあると、カードそのものと相手(or自分)だけを見つめるのでなく、ちょっとどこかよそに気持ちが向いてしまっているので、 うまく言葉をおろしてこられなくなってしまうのですよね。
また、時々このカードはどう読み解けばいいかな...?と悩むこともあります。
この時も、焦ったり不安になったりすると、やっぱりうまくいきません。
焦るとか不安になるのは、「自分が何か間違えているのではないか」「相手に微妙だと思われたらどうしよう」みたいな、やはり外に向く気持ちに囚われているからです。
また、特に自分に向けて引く時、「これを解決したいから、なんとかメッセージが欲しい」という気持ちが強すぎると、やはりうまく読み解けません。
これも、悩みの方に気持ちが囚われてしまって、ニュートラルにカードを引いてくるのが難しくなるのですよね。
「私が」何かを教えるとか、「私が」何かを読み解いてなんとかしようとか、「私」という個を強く意識しようとすると、作為感や操作感が出てきてしまうらしい。
ので、メッセージを伝えるパイプ、ただただ通り道としてニュートラルにカードと相手or自分の間にいる、という裏方の感覚でいることが大事なのかな?と思うのです。
ちなみにカードに限らず、ノートを使ってイマジナリーフレンドと対話する時も、わりとこんな感じです。
悩んでいる自分のメンタルにフォーカスしすぎると、俯瞰できるニュートラルな視点を見失ってしまって、うまく繋がれないことが多い。
シンプルに結論から言えば、どれだけ自分がニュートラルでいられるかにかかっているのかもしれません。
起きている事象は全てニュートラル。
そしてオラクルも、ニュートラルにメッセージを教えてくれます。
それを受け取る側がどう関連付け、意味付けるか。
自分がネガティブやポジティブに偏っていたら、どうしても偏ったメッセージしか取り出せなくなるのですね。
まとめ
我を薄めて、ニュートラルな状態であればあるほど、パイプとして上手に機能するのではないだろうか。

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