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音声投稿、続けてみたから気づけたこと

最近、noteと自ブログを同時投稿しています。
noteでは書いた記事を自分で読み上げて、その音声を記事と一緒に載せる、というのを試すようになって、だいたい2ヶ月ほど経ちました。

始めた経緯はこちらから。

⚓️やりたいけれど怖いことに一歩踏み出すための考え方|影織

⚓️やりたいけれど怖いことに一歩踏み出すための考え方|影織

noteの記事に、音声を載せてみよう〜! と言うことで、この記事を読み上げている音声を載せています。AIでなく、私の声で。 事のあらまし 先日、友人と話していた時のこと。 noteの記事を私の声で読み上げてみることで、読後感や印象が変わるかも?というアドバイスをもらうことがありました。 実際、試しに読むのを聞いてもらったら、「文章の中で、どんな風に感情が動いていったのかがすごく伝わって、めちゃくちゃ良い〜!」と言ってもらったのです。 以前より、ブログ経由で知り合った方からは、 「文章の印象として、もっと真面目で固い感じの人だと思っていました」 「論理的で、なんならちょっと怖そ


その中で気づいたことを、今回はお話ししたいと思います。

音声投稿を続けて気づいたこと

慣れて、生まれ変わった

初回は死ぬほど緊張しながら話していたのに、慣れました。素晴らしい〜!

以前は、書いてある文字をそのまま読み上げるのでいっぱいいっぱいでしたが、最近では読みながら、そこに自分の思ったことや、喋りながらよぎったことを、リアルタイムでちょいちょい挟めるくらいの余裕が生まれてきました。

すごく当たり前の話かもしれないですが、回をこなせば、勇気が必要なことでもだんだん慣れていけるのですよね。
自分の中の当たり前ではなかったものが、繰り返せば当たり前になっていくんだなぁ。

当たり前が変わるということって、小さな生まれ変わりのようなものでは?と感じます。
昔の一人で話すのが怖い自分が小さく死に、楽しく話す自分が小さく生まれた。
その結果何かにつながったという体感は、まだ特に得てはいないのですが、こうして自分の中に小さな生まれ変わりが起こっていると発見するだけで、なんだかすごく楽しくなってしまいます。

話すの楽しいな

話すのって結構楽しいじゃん〜!
というのも大きな気づきでした。

もちろんこうして文章を書いているのも楽しいですが、その後に読み上げて録音する時間もまた至福なのです。言葉と触れ合っているのが、私には楽しいのかもしれない。

以前はよく、ポッドキャストで一人で話し続けている方々を見ては、すごく尊敬していました。
なんで誰もいないのにあんなに話せるの...?どうやったらそんなにスムーズに話し続けられるの?と。
自分がいざ、こうしてブログベースの音声での一人語りに慣れていくうちに、なんとなくこの楽しさがわかってきた感じがあります。

楽しいことを楽しく話したら、そりゃ楽しいんだわ。

続けたからこそ、変化に気づける

音声投稿を2ヶ月ほど続けてみたからこそ、以前のド緊張している自分から、余裕を持って楽しく話す自分になっている、という変化に気づくことができました。

回を重ねるたびに少しずつ積み重ねて慣れていってはいたはずなのですが、「変わった」という実感をどんっと感じる瞬間って、ある日突然ふとやって来ることが多いように思います。

実際の能力の伸びと、伸びたという体感には、どうやらズレがありそう。
筋トレしてても、言語を学んでいても、できないとか難しいとか、ごにょごにょ考えながら継続しているうちに、ある日突然成長に気づいてびっくりする瞬間があります。

成長の実感は、コップの水が溢れるみたいに、ある日突然気づきがちなのだな。
ちなみに、こうして音声配信の振り返りブログを書こうと思ったのも、前回音声を録音しながら、「お?思ったより慣れている自分がいるぞ」と、突然ドンっ!と実感が湧いたからでした。

まとめ

ということで、noteの音声投稿を継続して気づいたことについて書いてみたお話でした。

引き続き楽しくブログを書いて、音声も一緒に投稿していけたらいいな。