過去の経験の嫌な記憶がブレーキになる時の考え方

頑張りすぎて強制ストップがかかった経験があると、何かを頑張るということがちょっと怖くなります。
また同じように、自分を追い込みすぎて苦しくなるのではないか。

嫌なことを嫌と言えず、人に押し切られてしまった経験があると、自分のペースにグイグイ巻き込もうとする人に出会ったときにちょっと怖くなります。
また同じように、人に流されてしまって苦しくなるのではないか。

でも、あの時と今の私は違うんですよね。
あの時、うまくできなかった経験の記憶が、不安を煽り、足を引っ張るように思うかもしれませんが、実は逆です。
その経験があるからこそ、「頑張らない」「Noを言う」など、当時は見えなかった選択肢が見え、選べるようになっているのです。


それでもやっぱりまたダメだったよ...という時

でもやっぱり、また頑張りすぎてしまった。わかってたのに。
でもやっぱり、またNoと言えなかった。わかってたのに。
そんな時、そんな自分をダメだと責めると、二重に苦しいですよね。

そんな時は、自分を責める代わりに、どうしてまたその選択肢を選んだのか、優しく自分に聞いてみると良いと思います(詰問はしない)。

なんでまた、頑張りすぎちゃったのかな。
なんでまた、断れなかったのかな。

もしかしたら、頑張ることで誰かを喜ばせたかったのかもしれないですし、
断らないことで、誰かを助けたかったのかもしれません。

たとえ自分が苦しく感じても、あえてそうしたいと思った理由があったんだな...と気づくことで、今の苦しい状況は仕方ない、逃げられない、自分にはどうにもならないというぐるぐるから抜け出すきっかけになるのだと思います。

体を壊してまで頑張りたいんじゃなく、誰かを喜ばせたいのが本当にやりたいこと。
嫌な思いをしてまで要求を受け入れたいんじゃなく、誰かを助けたいというのが本当にやりたいこと。
その本当にやりたいこと、自分を苦しめないような他の方法で実現できないかな?と前向きに考えられるのではないでしょうか。

まとめ

あの時、うまくできなかった、と心底がっかりした経験。
その記憶はブレーキになっているのではなく、警告音を鳴らしながら、あの時と違う選択肢を示してくれている、と考えると少し楽になるのではないでしょうか。

また、その経験があったにもかかわらず、また同じことをした...とガックリする時。
あえてその選択肢を選んだ理由の裏にある、本当の願いを見つめてみると良いのかなと思います。