「経験がないと言うだけで経験していない」はとてももったいないと気づいたお話

今日のお昼ご飯、おそらく人生で初のサッポロ一番塩らーめんを食べました。
こんな美味しいなんて知らなかったぞ!と言いながらめっちゃガツガツ食べてから、ふと悟ったことのお話です。



なぜ私はサッポロ一番塩らーめんを食べたことがなかったのか

答えは、いつも醤油らーめんを選ぶから、です。
塩や味噌や豚骨は、実はこの年になって数える程しか食べたことがありません。
いつも醤油味。
小さい頃、多分醤油以外の味を食べたこともあるかと思うのですが、子供舌ではあまりその良さがわからなかったようで、そのまま大人になってしまったんですね笑

別に、塩や味噌や豚骨が嫌いとかアレルギーがある、と言うわけでもなく、
無類の醤油好きだったから、と言うわけでもなく、
ただこれまでラーメンを食べるときは醤油味を選んできたと言う経験があるから、ラーメンと言えば醤油味しか食べていなかったのです。

せっかく美味しかったり、楽しかったり、感動したりするかもしれないのに、経験がないというだけで新しいことを経験していなかったなんて、結構もったいないことだった、と衝撃を受けたのです。


なぜ私はサッポロ一番塩らーめんを食べたのか

答えは、義実家から送られてきて家にあったから、です。

もし今日本にいて、自分でスーパーに行ったりラーメン屋さんに入ったりしていたら、なんの疑問も持たずに醤油味を選んでいたことでしょう。
もし自分で日本に住む誰かにラーメンを送るよう依頼するなら、なんの疑問も持たずに「醤油味のやつ送って」と伝えていたことでしょう。
夫から義実家に「何かラーメン送って」と頼んだことで、家に塩らーめんがやってきたのです。
それがたまたまうちにあったから、食べたのです。
めちゃくちゃ美味しかった。

自分で何かを選ぶ時、無意識に外している選択肢や、選ぶことすら思いつかない選択肢というのは意外とあるものです(この場合、醤油味ではないラーメンを買う選択ですね)。
その結果、経験がないから経験しない、という状況が強化されてしまうんですね。

逆に、そういった新しい経験を選択する時、他者からの働きかけがとても大事だな、と気づいたのです。


まとめ

経験がないと言うだけで経験していないこと、ないでしょうか。
それを経験しないでいるのはもったいないです。
私が塩らーめんの美味しさを知らなかったくらいに。

自分の中にない選択肢だと、自覚することすら難しいこともあります。
私がラーメンと言ったら醤油味しか選んでこなかったように。

周囲の環境や人から与えられた、普段選ばない選択肢があったら、軽い気持ちで選んでみることをおすすめします。
そうすると、知らなかった世界を知って感動するかもしれません。
私が義実家から送られた塩らーめんを手に取って、その美味しさに衝撃を受けたように。