昨日の話に関連して、「渇望感を手放すのは、なぜ難しいのか」と、「強烈な不足感・渇望感からの抜け出し方」を考えてみたいと思います。



渇望感を手放すのは、なぜ難しいのか


結論: 強烈な不足感が満たされる瞬間の喜びは、中毒になりやすい

どういうことか。
詳しく見ていきましょう。



苦労や困難が大きいほど、感じる渇望感・不足感は大きくなります。

わかりやすく言うなら、前途多難な恋ほど燃えますよね。
障害があるほど、手に入れたい...!と渇望しやすくなると言うわけです。

ロミオとジュリエットだって、両家の仲がめちゃくちゃ良くて、両親が二人の付き合いに大賛成だったら、お互いこんなに命懸けになるほど、相手と結ばれたいと強くは思わなかったかもしれません。


何かがない、足りない、欲しい、手に入れたい...!

という強い渇望感・不足感が満たされた時、

あぁぁぁ満たされた!報われた!よかった...!

めちゃくちゃ脳内麻薬が出ます


「ない」と言う不足感から、「ある」と言う満足感への落差

この落差が大きいほど、激しい感情を生むのです

刺激が好きな人ほど、困難や障害を山ほど自分の人生に出現させて、強烈な不足感にジタバタ苦しみ、それを乗り越えて快楽を得るのです。

アッこれ全部...過去の私がしてきたことだ!!!(爆)


手に入ったことで満足したらいいのですが、「ある」と言う満足感や幸福感は、実は結構薄味です。

強烈な不足感を埋めた瞬間、脳内麻薬ドバドバのあの快楽と比べたら刺激がない、全然スパイシーじゃない。

...ということで、更なる刺激を求め、せっかく手にした薄味の幸せを放り出して、アマゾンの奥地へと旅立つ人が少なくないのですね。


※昨日の記事でも書いた、渇望感が満たされた後、また他に渇望できるものを探しに行くという行動のメカニズムはこれです。



強烈な不足感・渇望感からの抜け出し方


このジェットコースターみたいな感情の落差を楽しむことこそ人生...!と言う人も一定数います。

それはそれでいいと思う。



でも、散々このジェットコースター的な感情の動きを味わって、
もういいわ...どうしたらこれ辞められるの...?と言う場合。


まず、幸せとは思ったより薄味だと知ることかな、と思います。

「感情が乱高下すること= 快楽 ≒ 幸福」と思い続けている限り、強烈な不足感を追い求めることを止められないので

幸福感は、そんな最大瞬間風速的なものじゃなく、もう少し穏やかで、長期的なものなんです。



その次に、「ある」を見ることなのではないかな、と思います。

今日暮らせるお金がある、仕事がある、家がある。

あれもこれもある...と一つずつ数えるのです。


めっちゃ地味やないかい

...そう、めっちゃ地味な行為です。


でも、ずっと「ない」ばかり見て、不足感にフォーカスしてきた人にとって、この「あるを数える」作戦はめちゃくちゃ効きます

いや、本当つまらなくてやりたくないだろうけど...
地味すぎて嫌かもしれないけど...
「数えたけど、だから何?」って思うだろうけど...


何かが「ない」と不満に思うたび、しつこく繰り返し、「ある」を探すのです。

ある日気づきます。

あんなにないと思ってたものが、実はあるじゃん」と。


手品でしょうか?

いいえ、認識の変化です。



身近な「ある」を見つけられるようになると、

不足感を見つけて、ジタバタもがいて、どうにか手に入れて、快感に酔いしれて、少し経ったらまた別の不足感を見つけて...と言うループを抜けられるようになるのです。

ついでにメンタルもだいぶ安定します。



まとめ

強烈な渇望感や不足感は、それを埋めることで激しい脳内麻薬が出るので、なかなか手放しにくい、というわけですね。

それを手放すためには、穏やかな幸せがあると知ることと、「ある」を見ることだ、と言うお話でした。