短編小説「おつきさまがみちるわけ」

あるところに、一人の旅人がいた。
彼は愛する誰かを、必要としてくれる居場所を、あるいは自分自身を捜して、一人歩いていた。星の無い夜だった。
旅人は心細かった。そして、空腹で目を回しそうだった。
ふと、空に細い三日月がかかっているのが見えた。折れそうなくらいに細い月だった。
あんまり腹が空いていたので、旅人は両手を伸ばしてそれをつかんだ。
口に放り込んでばりばりと噛み砕くと、ほんのり甘く、すぅと舌の上で解けていった。

無我夢中で食べてしまった後、彼は真っ暗闇の中に取り残されていることにふと気付いた。
前も後ろもわからない。道がどこに続いているのかもわからない。
静寂の中、旅人は立ちすくんだ。
───もう、どこにも行けやしない。
その時、彼は気付いた。己の体から、わずかに白く光が放たれていることに。
───なるほど、さっき食べた月のおかげだな。
光を頼りに、旅人は再び歩き始めた。
───便利なことだ。これでどこまでも歩いて行ける。

夜明けが近づき、はるか地平線の彼方に、明日の光が宿り始めていた。
それを見た刹那、旅人の体がふわりと10センチほど浮き上がった。
───おや?
地面に降りようと足を伸ばすと、ますますふわっふわっと浮き上がる。
───なんてこった!
もがけばもがくほど、浮上スピードは上がっていく。それにつれ、目を開けていられないほどにまぶしく、彼の体は輝き始めた。
───ははぁ、月を食べたからには、俺が月になってしまうんだな。
そう気づいた時、彼は高い空にかかって、遠く地面を見下ろしていた。
明るさに目が慣れてきて、ゆっくり自分の姿に目を落とすと、昨晩よりもわずかにふっくらとした月になっていることに気付いた。
彼は満足げに頷いた。
───俺は元旅人だ。夜の一人歩きの心細さときたら、ようく知っている。この明るさがあったら、あの道を行く誰でも、勇気をもって歩いて行けるだろう。俺が精いっぱいその足元を照らしてやるんだ。そうだ、俺はきっとそのために生まれてきたんだ。

使命感にはちきれそうになりながら、月になった男は夜を待ち、眠った。


夜が来て、月は堂々と空に上った。
闇が深くなるほど、彼は輝きを増し、地上を照らした。
そこに、一つの人影がよろよろと歩いてきた。
それは、かつての彼と同じ旅人だった。

───かわいそうに、あんまり暗くて道が見えないに違いない。あんなにおぼつかない足取りだ。そら、もっと光を投げかけてやる。

旅人は、天を仰いで月を見た。そして、虚ろな目で空に手を伸ばした。
月は、微笑みかけて彼に手を差し出した。
その刹那、旅人はぐい、と月を引きおろし、無我夢中でふっくらした月にかぶりついたのである。