命の危険を感じて考えたこと

昨日、若干命が危うかったのですが、その中で考えたことを忘れないうちに残しておこうかと思います。


考えたこと

人は案外簡単に死ぬ(かもしれない)んだ、と痛感しました。
いずれ誰でも死ぬけれど、我々は普段、そのことを意識せずに生きているものです。
寿命はカレンダーに載っているわけでもなく、突然、その時は来るかもしれない。
その時が来てから慌てても、終わってしまう時には、本当に終わってしまうんだ。
それを身をもって感じたんですね。

呼吸がヤバくなった段階でいろんなことが頭を巡ったのですが、(走馬灯のようなものは見えなかったです。まだ意識があったからかもしれない)
まだやり残した創作が色々あるのにな、という思いと、
パートナーを遺していくのは悲しいな、という思いの2つがとても強かったです。
特に後者。
ただ、悲しいけれど、私の場合、不思議と後悔はありませんでした。
むしろ、大事な人に、日々ちゃんといっぱい好きって伝えておいてよかったな、と感じていました。

逆に、元気になった今改めて考えると、
この2つが自分にとって本当に大事なことなんだな、と理解できました。

日々いろんなことをやってみたい、愛したい、理解したいと思って過ごしながら、死ぬ瞬間には満足感を感じて逝く、ということは、おそらく難しいでしょう。
その時にやりかけていること、自分の周りにある大切なものを全て手放すかもしれない、と感じる時、自分の生にしがみつきたくなるものです。
どうしたって、手放す瞬間は悲しいものだから。
でも、悲しいけれど、「こうすればよかった」という悔しさを減らすことは、きっとできると思います。

大事なものを大事にしていなかったり、
大事じゃないものを大事にしようとしていたと気づいた時、
人は後悔するのではないでしょうか。

よく、「明日死ぬと思って、日々後悔しないように生きろ」というような自己啓発の文句を聞くことがありますよね。

大事じゃないものは手放して、ちゃんと大事なものを置ける心のスペースを作る。
大事なものを大事にして、大事だとめいっぱい表現し、体現する。
それを日々やっていくことが、「明日死ぬと思って、日々後悔しないように生きる」ということなのではないかな、と思いました。