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自分の「普通」が才能


切り絵をしていない人に、こんな作品を作っているんですよ、と見せると

「よくそんなに切り続ける忍耐力がありますよね」
「こんな細かく切って、すごい努力家ですよね」

などと言われることがあります。


でも、切っている私からすれば、そんなに忍耐や努力を重ねているつもりはなく、
「あ〜〜切るか〜〜〜」と言いながら割と無心にザクザク切って、
「あ〜〜目が疲れた〜〜」と言いながらちょっと休んで、
「あ〜〜できた〜〜」と言いながら仕上げているんですよね。


ところで、私は方向感覚が鈍いです。

ホテルなど、同じような部屋が並んでいるところを歩くと、どちらに進んだらいいかすぐわからなくなりますし、
初めて通る道は、後ろを振り返りながら帰りに見えるはずの道のりをチェックしていかないと、帰りに確実に迷います。

あと、「ここから東に300m」とか言われると、「前後左右で言って!」とキレそうになります(なんでこっちが東とかわかるんですか?笑)


そういうことが簡単にできる人達は、方向感覚が鋭くてうらやましいなあ、すごいなあ、と思うのですが、

おそらく彼らは「自分は方向感覚がすごい人!」とは認識していないと思うんですよね。

ただ来た道を歩くだけでは?いや方角くらいわかるでしょ?という「普通ですけど」という感覚なのだと思います。


同じように、私からすれば、切り絵はただ普通に線をザクザク切るだけでは?と思うのですが、そこに努力や忍耐力を見出す人もいるわけです。

自分に才能がある、となかなか思えないのは、そんな風に、自分の中で「これ、めちゃめちゃ普通ですけど」と思うところが、才能だからなんですよね。



自分はまだまだと思う分野が才能


また、例えば切り絵をしていると、髪の毛よりも細い線を切る作家さんが山ほどいて、

「私、いつも1mmくらいのだいぶ太い線を切ってるもんな、皆さんもっと細い線をガシガシ切っててすごいな...私はまだまだだなぁ」

みたいな落ち込み方をすることがあるわけです。


でも、切り絵をしない人が上記の文章を読むと、「???」となると思います。

冷静に考えると、太さ1mmの線を失敗なく切り出せるというだけでも、十分器用ですごいことなんですよね(切り絵をしていると、ほんと感覚がバグるのですが)。


そんな風に、自分がある程度できることだと、さらに上の人達を見上げてしまって、自分はまだまだだな、と感じやすいのです。

本当は才能があるフィールドなのに、その中ですごい人ばっかり見て、自分は全然才能なんかない、と錯覚してしまうんですね。


自分の才能がある分野


ということで、

自分にとって才能がある分野というのは、
・自分が普通にできると思っていて、気にも止めないこと
または、
・周りにすごい人がいて、自分なんかまだまだと思うこと
が多いので、なかなか気づきにくいわけです。


逆に、
・自分が普通にできると思っていて、気にも止めないこと
または、
・周りにすごい人がいて、自分なんかまだまだと思うこと
は、自分の才能がある分野である可能性が高いということです。


そういう分野、ないでしょうか?きっとあるはずです。

認めるのが怖かったり、否定したくなったり、謙遜したくなったりするかもしれません。
もしかして...と今あなたの頭によぎったそれは、まさしくあなたの才能なんですよ。



まとめ

自分にとっての「普通」や、「まだまだ」の中に才能がある。

才能というものを、すごくて素晴らしいものに違いない、と高く価値を置いて考え過ぎていると、「普通」や「まだまだ」の中にある才能を見過ごしてしまいがちです。

才能は、どこか遠くにあるのを探しに行って掴むものではなく、思うよりも自分のすぐそばにあるものだと受け入れることから見つかるのかもしれません。