ブログネタ切れしたらどうしよう問題を、少し深く掘り下げて考えてみた

こうして毎日ブログを書き続けてもうすぐ丸2年ぐらい経ちます(よく考えると偉いぞ自分!)。

それでも、ネタ切れして何も書くことがなくなったらどうしよう〜と不安になることが、まぁまぁしょっちゅうあります笑



なぜネタ切れが怖いのか?

何か特別なことをしなくても、面白いところに出かけなくても、日々アンテナを立てて生き続けているだけで、何かに気づくことができるし、感情は動き続けるし、ネタは自然と溜まってきます。

生きている限りネタが途絶えることがないはずなんです。


そうはわかっていても、書けなくなったらどうしよう、と湧いてくる気持ちを見てみたら、

自分は考え方を変えていくことで幸せになってきたけれど、
このままで幸せになりすぎて、書くことがなくなったらどうしよう。

という、すごーくアホな悩みを抱えていたことに気づきました笑
おいおい幸せになりたくないんかーい!!笑



マイナスを埋めるため、以外の発信もある

ここまで考えて、そういえば創作してた時も似たようなことで悩んだことがあるな、と気づきました(リンク先読んだら戻ってきてね)。


マイナスの動機からしか創作してこないと、それ以外の動機で何かを発信したり生み出したりすることに、全然予想がつかなくて、怖くなるかもしれません。

そうすると、マイナスであること、不幸せな状況に対して「創作の種になる」というメリットを感じて手放せなくなってしまい、いつまでも苦しい状態なんですよね。

でも最近になって、幸せベースから何かを作ったり発信したりすることも可能だ、そうしてもいいんだ、ということが、段々わかってきました。


価値を認めてもらわなければ、という焦りからではなく、楽しいなという思いから、作って分かち合う。
辛さを昇華するための表現活動ではなく、ワクワクした気持ちを形にするための表現活動。


表現の根幹となる思いが変わることで、作品のテーマだけでなく、使うツールや媒体も変わるかもしれませんね。
私の場合、切り絵の彩色の自由度が高まった気がします。ビビッドな色合いで作るのが好きになり、はっきりした色遣いの和紙を使うようになりました。

それでいいんです。
いっぱい変わっていっていいんです。
誰に何と思われようが、変わっていくことは止められないんだぜ〜٩( 'ω' )و



止まったっていい

そもそも創作することを一旦やめるとか、発信することを一旦止めるとかもありです。

私自身も、全く切り絵をせず、SNSの更新も全然できなかった時期もありましたし、
お休みと称してブログを何ヶ月も書かなかった時期もありました。

それでもやっぱりまたやりたいと思ったから、今こうして作り続け、書き続けているんですね。


コンスタントに何かを続けられる事は才能かもしれませんが、そこに波があってもいいと思います。

続けてもいいしやめてもいい。

たくさん表現や発信できる時にたくさんして、
できない時はじっと殻にこもる。
どちらの状態が良い悪い、ということはない。

一度止まっても、また戻ってきてもいい。

そんな風に柔軟に考えていけるからこそ、続けていけるのかな、と思うんですね。



まとめ

ということで、これからもブログ発信も創作もマイペースに続けていけたらいいな、という思いを新たにしたのでした。