アドベントカレンダー16日目。



終わらないボール拾い


マルチ・ポテンシャライトあるある。

あれもやりたい、これもやりたい、という気持ちで、いろいろ手を出している割に、思うより大きな成果に結び付かず、結局全部中途半端なのでは?と感じてしまう問題。


まるで、あちこちから飛んでくるボールを拾おうと、右往左往しているような感覚。
飛んでくるものを拾い切れなくて焦るし、そのうちいくつか拾えたからと言って、満足感も少ないし。
いつもどこか空回りしているような感覚が拭い切れなくて、消耗してしまう。

これ、どうしたらいいのだろう。



ボール拾いで疲弊する人生を送らないために


拾わないボールを決めることです。

そのためには、これまで何度か記事でも書いてきていることですが、「自分は何者として生きるのか」という本質の部分を明確にしておくことです。

いろんな話をしても、結局ここに戻ってしまうんだなぁ(๑╹ω╹๑ )



やっておいた方が良さそうなことは、たくさんあります。

全部のボールを拾えるなら、まぁそれに越したことはない。


けれど、気力も体力もお金も時間も、無尽蔵ではありません。

やりたいことをたくさんやるためにも、自分の大事なことにリソースを使う場所を決める、つまりボールを全部拾うのをやめる必要があります。





何を拾って、何をスルーしようか。

その判断基準が、「自分の活動の本質の部分は何なのか」「自分は何を実現したくて生きているのか」というところなんですね。

今拾おうとしているボールは、自分の行きたい未来に繋がっている活動だろうか?



焦る時ほど、ノールックでやってきたボールを全部拾いに行きがちです。

まぁ、まずは茶でも飲んで落ち着けよ。

落ち着いて、ボールをよく見てほしい。



それは、本当に自分の人生の中で重要度が高いだろうか。

自分がチャレンジしたいと心から思うものだろうか。



ボールを見送ることに焦る時は


拾わないボールを決めてみた。

でも、拾わず見送ることで損したんじゃないかとそわそわする。
他の人がそのボールを拾って、いい感じに楽しそうに遊んでいるのを見て、自分も拾うべきだったんじゃないかと焦る。


わかる〜〜〜
私自身もこんな記事を書いておきながら、ボールを見送るのが下手くそです笑


焦る時は、大抵外側に目が向き過ぎている時です。

友人、職場の人、SNSで見かけた人...他人の言動が気になって、隣の芝生が青く見えている状態なんですね。

仮にその状態で、青く見える芝生のボールを拾いに行ったとしても、またさらに隣の芝生が青く見えてくるはずです。

他人の言動に目を向けたまま満足することって難しい





どうすべきか?
自分に目を向け直すことです。

自分は、どうありたいんだっけ?
どうしたいんだっけ?

なんで比較しちゃうんだろう?
なんで、わざわざ比較して落ち込み【たい】のだろう?
なんで、隣の芝生を見ながら自己否定【したい】のだろう。



自分の美学や判断基準に照らして拾わないと決めたボールは、いくら他の人が拾っていたって、拾わなくっていいのです。

比較して苦しい時は、一旦外側の情報を遮断してみるのもありです(SNSアプリをスマホから消すとか)。


自分の人生に必要なボールは、どれなんだろう。




まとめ

あれもこれもやりたい、という気持ちで空回りしてしまいがちな時は、自分の人生の価値観に合わせて「やらないことを決める」のが大事、というお話しでした。