昨日の記事では、マルチ・ポテンシャライトが自分の熱量(モチベーション)の波に振り回されやすい時の考え方をまとめました。
今回は、コラボ相手の熱量の波に振り回されやすい時の考え方について書いてみます。
ちなみに今回の記事は、思ったよりだいぶ内観上級者向けだ!心して読んでくれよな!
私の経験
以前進めていたとあるプロジェクトで、途中から急に相手からの返事が遅くなって、最終的にこちらからメッセージを送っても何も返ってこなくなり、途中で頓挫してしまったことがありました(とはいえ、一つの小さな作品としての完成には漕ぎ着けたものの)。
その当時は、私の何がいけなかったんだろうか...一体どうすればよかったのか...と、だいぶ自分を責め、苦しくなってしまった記憶があります。
それから時は流れ。
また別の人とコラボでプロジェクトを進めていた時のことです。
最初は面白そうと思って飛び込んでみたものの、進めていく中で、思っていたのと違ったわ...と感じることがありました。
しかし途中で投げ出すのは嫌だったので、なんとか小さなプロジェクトを完結させ、それでそのコラボは穏便に完結、ということになりました。
その時に思ったのです。
黙って消えてしまったあの人も、進めていく中で思っていたのと違うことに気づいて、冷めてしまったのかもしれない、と。
もちろん本人からは何も聞けていないので、全部ただの推測ではあります。が、その人もアーティストとしてすごく信念やこだわりを持っていた方なので、多分何かしら期待とずれて、居心地が悪くなってしまったのかな、と思ったのです。そして、その人にとっては、何も告げずにそっといなくなるというのが、距離の取り方だったのでしょう。
そう思い至った時に、悲しくはあったけれど、胸のつかえが少し降りたような感覚があったのです。
相手との熱量差を感じた時
「誰かと何かする」という構造の中で、自分と相手との熱量差が問題になるシーンは多々あります。
これ、結論から言えば、熱が冷めたことさえ素直に伝え合えるくらいオープンな状態で関われることが最善なのでは?と思ったのです。
いやいやいやいやいや。そんなの難しいでしょ。てか無理でしょ。
って思う人いますか。確かに理想論を語っているかもしれない。まぁ、もう少し聞いてほしい。
スキル提供できる業者だから、ここにいていいのか
今になって思い返すと、この二つのプロジェクトで関わった人の個人的なストーリーを、私はほとんど何も知らなかったと気づいて、愕然としたのです。
そしてまた、私も、個人的なストーリーを彼らにほぼ開示していませんでした。
なんと言うか、まぁ、言うならば業者同士の関係みたいなものですよね。
お互いに持ち寄ったスキルセットで、必要な部分を補完しあって作っていく...けれどそこで出来上がったものに、"あなた"も"わたし"もほぼ含まれない。含まれていたとしても、お互いそれに気づけない。だって知らないんだもん。
だとしたら、同じスキルセットを持っている人が他にいたのなら、別に私でなくていいし、あなたでなくてもよかった。
ちょっと待って。そんなの...そんなの悲しすぎないか????????
しかし、私は人と共同で何かをする時に、ほぼずっとこれをずっと繰り返してきたな、と気づいたのです。
求められたスキルを提供できる優秀な業者として、私はここで人と一緒にいられる、と認識していたのです。
なんならパートナーに対してすら同じように思っていました。
生活費出してるから、隣にいていいんでしょ。
と、なんともふてぶてしく。
しかし今年、生活費をまともに出さないちゃらんぽらんを始めて、それでも存在していて良かった、とようやく気づいたのです。
なぜ、オープンに関われない相手とわざわざコラボするの?
話を戻しましょう。
自分と相手との熱量差が問題になった時、熱が冷めたことさえ素直に伝え合えるくらいオープンな状態で関われることが最善なのでは?と書きました。
もちろん、それを伝えるのもしんどいし、伝えられるのも傷つくことでしょう。
波風を立てなくて済むのなら、立てずにおきたいものですよね。
でも、それをお互い隠して走り続けたところで得られる結果って、本当にいいものなのでしょうか。
そうするくらいなら、思っていたのと違うという違和感を開示して、そこから軌道修正を一緒に考えていける方が、ずっと健全なのではないでしょうか。
しかし当時の私がこの話を聞いたとして、プロジェクトの中で期待と違うと感じたことをを相手に伝えることができただろうか?と考えたら、多分無理だったと思います。
お互いほとんど「自分らしさ」を見せていなくって、深い信頼関係が相手との間に育っていなかったので。
責任感のない、身勝手なやつというレッテルを貼られるのが怖くって、「そうは言っても、そんなわがまま、絶対相手に伝えられるわけないでしょ」で終了していたことでしょう。
そもそも疑うべきは、そういう素直な自分の気持ちを開示するのが難しい相手と、なぜわざわざプロジェクトを進めようとしていたのか、というところです。
結果が欲しかったから、でしょう。
コラボレーションしておくことで、将来得があるかもしれないという打算で動いていたのです。相手の個性を大事に嬉しく思ったり、相手が相手であることをリスペクトする関係性は、そこにはなかった。
あぁ〜〜〜〜〜〜こころが痛いよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自分が個を隠してスキルを差し出す業者のように振る舞うから、相手の個を尊重することなく扱ってしまう。同時に、相手からも個を見てもらえないままに扱われてしまうのです。
世界は鏡だからね...そうだね...
さて。
世界は鏡だとすれば、相手の個性を大事に嬉しく思ったり、相手が相手であることをリスペクトできるような関係を誰かと結べるようになるには、どうすればいいのだろうね?
まとめ
最後にもう一つ。
本記事は、コラボ相手と熱量差が生まれ、プロジェクトをうまく進められないという切り口からスタートしましたね。
この時、そもそも疑うべきポイントは、素直な自分の気持ちを開示するのが難しい相手と、なぜわざわざプロジェクトを進めようとしていたのか、というところでした。
今回説明したことは、抽象化すると、「誰かと何かする」という構造の中で常に成り立ちます。
・素直な自分の気持ちを開示するのが難しいコミュニティに、なぜわざわざ顔を出しに行っているの?
・素直な自分の気持ちを開示するのが難しい相手と、なぜわざわざ友達付き合いを続けているの?
・素直な自分の気持ちを開示するのが難しい場所で、なぜわざわざ仕事しているの?
・素直な自分の気持ちを開示するのが難しい人と、なぜわざわざ一緒に暮らしているの?
...
自分の素直な気持ちに、なるべく嘘をつかずに生きていたいと思うのなら、さまざまな切り口からこの質問を投げてみるといいかもしれません。
さて、次回は「 マルチ・ポテンシャライトの上手な時間の管理術」というテーマで記事を書いてみます。


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