わ〜〜い!
noteの質問箱にお便りが来たよ〜〜!ドンデケドンデケ\( 'ω')/
noteに書きたいネタがなんとなくあるんだけど、いまいちうまくまとめられない・・っていう時、影織さんならどうしますか?
わかる〜あるよね〜
この質問箱のお便りをいただいた瞬間、まさに、「やったー!この質問箱に返事したい〜!けどうまくまとめられないわ、何書いたらいいんだ」って頭抱えました。
ということで、今日はこれに回答しながら、ブログを書くことについてお話ししたいと思います。
うまくブログをまとめられない時、どうしたらいいのか
・書く切り口を見つけられていない
・アイデアを自分で検閲削除している
書く切り口を見つけられていない時
例えば先日、ポーランド語学習を始めたというブログを書きました。

埋めたことすら忘れたどんぐりが、芽吹いて繋がるとき | 影織文庫
マルチ・ポテンシャライトの学び方のお話です。
メモには「ポーランド語、過去学んだ言語よりモチベが高い。なんでだろー?」とだけ書いていました。
この、なんでだろー?の気持ちを起点に何かを書き残したい気持ちは強かったのですが、具体的にどこから何を書いたらいいかわからず、この疑問文1行で終わりかけたのです。
こういう時は、もう少し深掘りした問いを自分に投げるようにしています。
・他の言語を学んでいた時と、今ポーランド語をやっている時の違いってなんだろう?
・今、ポーランド語をやりながら感じてる楽しさってどんな部分だろう?
・似たような楽しさって、別の場面で、過去にも感じてる瞬間ってあったかな?
・この記事を書くことで、何を一番残しておきたいのだろう?(これが一番重要かも)
たとえるなら、漠然とした書きたい思いの塊に、問いを投げて切り込んでいくことで、だんだん全容が削り出されて彫像ができあがっていく、みたいな感覚が近いかもしれません。
問いの方向性によっては、当初の予定と全く別の着地をするかもしれませんね。それもまた一興。
どうしても問いの切り口すら思い浮かばない時は、AIを使って、「答えや書くべきことのアイデアは絶対出さないで。今〇〇について書きたいのですが、私が自分で深掘りできるよう、問いを投げて」みたいな形で相談してみるのもありかもです。
AIに書く内容自体を出させると、思考がそこに制限され、視野が狭くなってしまうので、個人的にはあんまりおすすめしません。代わりに、自分の思考を深めるための質問を投げるインタビュワー役になってもらう、いうスタンスがおすすめです。
アイデアを自分で検閲削除している時
以下の記事を書いた時、なんか書きたいのにうまく書けないな〜ともだもだしていました。

「AIに頼りきりのクソ雑魚開発者でごめんなさい」…って誰に謝ってるの?? | 影織文庫
AIを使った開発について考えてみた日記です。
この時って、AIを使いつつWebサイトを作って楽しかった、というネタがあったのに、「AI使って開発してばかりで、自分の頭が衰えてそう」「AI使って開発するのって意味あるのかな」みたいな余計な思いが邪魔をしていたんですよね。
この罪悪感や恐れって、もっとよくよく見てみると、謎のジャッジマンの目でした。
「AI使って実装した気になってるって、マジ恥ずかしいよね〜クスクス」みたいなことを誰かに言われることを恐れていたのです。誰だそいつは。他でもない自分だ。
こんなことブログに書いたら変だろうか。
こんな拙い文章で出してしまったら恥ずかしいかな。
こんなオチのないもの、一体誰が読む?
そういうジャッジが厳しければ厳しいほど、ネタがあるのにまとまらない、になりがち。
本当はネタとして潤沢なはずなのに、その大半をジャッジマンがゴミ判定し、検閲削除してしまうから、残ったわずかな情報だけで記事を作らざるを得なくなります。まぁ、そりゃあ中身が痩せ細ってしまうよね。
そういう時は、ゴミだと思っているごちゃっとした部分を出してみる、というのが良いと思います。
私自身、このAI開発の記事を書く中で、ずっと「楽しかったな」という気持ちと、「開発者としてダメだな」みたいな気持ちがぐるぐるしていました。が、お互いがお互いの足を引っ張って、どっちも書けず、最初は「11tyとSveltiaというものを触って学びました」という事実部分しか書けずにどん詰まりました。
本当は、楽しかったよ!という気持ちだけを書き残しても良かったですし、当初の予定としてはその楽しさを書くつもりでした。
でも、後ろめたい思いたちをばっさりなかったことにするのもなんだか違うな、と思ったのです。
なので、どちらも自分の中に渦巻いている、という正直な気持ちを記録して、その矛盾したエネルギーの中で湧いた思考を観察して、書き残すことにしたのです。
結果、自分の中ですごくスッキリ、いいものを残せたな、という気持ちになった。
それでもまとまらなくて悩む時の裏技
私はいつも、最後の見出しを「まとめ」って入れて、その記事の総括を書いているのですが、中身がまとまらない時は、ごく稀に「まとまらない」っていう見出しで、まとまらないことをごちゃっと書くことがあります。
まとまらなくてもいいのだ。
よぎったアイデアには、旬があると私は考えています。
何かインプットを受けて、自分の中で醸成されて、アイデアが育った。
しかしそれを出し惜しみして自分の中に留めたままにしておくと、時に腐ってしまったり、消えてしまったりして、後悔することがよくあるのです。
美しくまとまっているから美味しいんじゃなくって、旬だから美味しいのだと思う。
何かが自分の中で芽生えたという、それだけでもうすごく尊いことだと思います。
それが読みやすくまとまってようが、まとまっていまいが、旬のうちに書き綴って残しておくことは、すごくいいことなのではないかな。
まとめ
ということで、ブログネタはあってもうまくまとめられない、という時の考え方のお話でした。
問いを立てつつ、自分の中に湧くものを素直に楽しく表現していけたらいいですよね。
こうして質問に回答してブログ書くのめっちゃ楽しいな( 'ω')
ぜひ、今後もおたより待ってま〜す!
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