高価な買い物を無駄と考えてモヤモヤしてしまう時の考え方

記録としてブログに写真を残すにあたり、よりクオリティの高い写真を撮りたいなと考えた結果、カメラを購入することにしました。



しかし、決して安くない買い物に、購入に踏み切るまでかなり迷いました。
さらに、注文した後も、「これでよかったんだろうか…本当によかったんだろうか…こんな高い買い物して後悔しないか…」とぐるぐる考えていました。

そんなモヤモヤを人に話してみたら、
いっぱいカメラであそぼうくん(๑╹ω╹๑ )
と言われ、すごくはっとしました。


無駄遣い…本当に無駄なの?

いいものを買ったのなら、"きちんと"、"役に立つように"、"上手く"使わないといけない。
そうしないと、お金を無駄遣いしてしまったことになるから。
無駄はだめだ、だめだ、だめだ。
無意識にそういう気持ちにとらわれていることに気づきました。

でも、そんなことないんですよね。
それを使って、いっぱい遊んで、写真を撮りまくって、撮影のコツを学んで、「たのしー!」と感じていいのです。
ただ、あそぶだけでもいいんです

なぜ無駄はだめ、と考えるのでしょうか。
無駄遣いしたら、将来もっと大事なことに使えるお金がなくなってしまうから。
では、「もっと大事なこと」とはどんなことでしょうか。
家賃?食費?通信費?
それを差し引いても余っているとしたら、他の「もっと大事なこと」はなんでしょうか。
具体的にどんな内容で、いくらくらいあればいいのでしょうか。
そう考えると、「もっと大事なこと」は、実はかなり漠然としたものだとわかります。

また、仮にそれがやっぱり無駄遣いだったとしても、その一回の選択のせいで人生すべてがアウト!脱落!となるくらい重大なNG、というわけでもないと気付きます。

さらによくよく突き詰めて考えてみると、
「将来のもっと大事なことに備えないと…」という思考もダミーであり、本当は
「無駄はダメ(だって親が怒る/悲しむ/がっかりするから)」
「有用なことに使おう(そうしたら親が喜ぶ/認めてくれる/褒めてくれるから)」
だったりします。
どきっとしたでしょう。

最近、人は幸せになりたくて一生懸命生きている、とよく考えます。
将来に備えるのは、幸せになりたいから。
だから、いま目の前の幸せを満たし、味わうために遊ぶことだって大事だなと思います。
無駄じゃない。


まとめ

あそぼうくん、って言うと、なんだか心も緩みますよね。
いっぱいカメラであそぼうくん。

高価な買い物は無駄じゃないよ。
買ったそれを使っていっぱいあそぼうくん(๑╹ω╹๑ )