憧れの生活と日常は地続きに幸せなのではないか

今週末より一カ月ほど、日本に一時帰国します。
日本に帰ったらあれを食べたい、ここに行きたい、と色々思いめぐらせているところです。

馴染み深い日本の生活をとっても楽しみに感じながら、「憧れの生活を手に入れるだけが幸せではないのだな、新鮮な驚きに刺激を受けるだけが幸せではないのだな」と思ったんですね。


憧れと日常

例えば大金持ちになるとか、見知らぬ土地に引っ越すとか、仕事で新しいポジションにつくとか。
最初は新鮮でも、そのうちそれが日常になっていきます。

イタリアに引っ越すタイミングでも、住み始めた当初はあそこに行きたい、これを食べたい、とわくわくテンション高く過ごしていたことを思い出しました。
しかししばらくいると、食べ物や見るものが当たり前になってきて、そういったわくわく感はめっきり減っていたんですね。

そう書くと、どんなステージにいっても、いずれ日常化して当たり前になってしまったら、何を手に入れようが、結局つまらなくなってしまうのかな、と考えることもできるかもしれません。

でもそうではなく、むしろ逆に、憧れと日常が地続きに幸せである、とも考えられるのではないかな、と思ったのです。


まとめ

憧れを手に入れたら幸せになれるのではなく、実はいま目の前にある日常は、かつての憧れであって、それを手にする今もう既に幸せなのかもしれません。