努力は報われないこともある。
我慢を重ねた努力の果てに報われないとしたら、努力する意味はないと感じるかもしれない。
報われるとは、「努力や苦労に対して、それに見合ったような期待通りの成果や成功が得られること。」という意味らしい。
楽しくて、寝食忘れて夢中になってしまうこと、没頭してしまうこと。
努力する過程そのものが楽しいもの、もはや自分では努力とも感じられないような積み重ね。
その中にいたら、報われる、報われないがどうでもよくなるのではないか(もちろん報われたら嬉しいけれど)。
なぜなら、そこに没頭することで、楽しい気持ちや嬉しい気持ちをもう既に得られているから。
努力した結果として満足を得ようとするのではなく、努力の過程から先に満足を得られれば、報われないという虚しさを感じることは少ないのではないか。
過程そのものを楽しめるような道を選ぶことが、満足な生に繋がっていくのではないか。