鎧を外してコミュニケーションを取る

先日、ある人とオンラインでお話しました。

相手はちょっと緊張している感じで、会話の合間にぽっかり間が空いて途切れてしまうこともあり、「この時間を楽しんでもらえたかな...?自分と話す時間が無駄だったと思われてたらどうしよう...」などと少し不安に思っていました。

が、通話の後、「すごく楽しかったです!お話できてよかったです!」とメッセージが来て、よかったなぁと思ったんですね。



自分の思い込み、他人の思い込み

「楽しむとは、ニコニコ話すことだ」と思い込んでいると、真顔で話す相手を見て、「この人つまらないんじゃないか」と思うかもしれません。
「会話を楽しんでいる状態とは、会話が途切れずに夢中でお互い話し続ける状態だ」と思っていると、会話の途中に間があることに不安を感じるかもしれません。

でも、それは自分の中でそう思っているだけであって、相手がどう思っているか、正確なところは何一つわからないのです。相手も、自分とは異なる「楽しい会話とは、こういうものだ」という認識を持っているでしょうからね。

もちろん、うがった見方をすれば、
「楽しかったなんてメッセージを送ってきたけど、本当は社交辞令なのでは...?楽しくなかったのに、無理にそう言ってるのでは...」
などと考えることもできるかもしれません。
が、それだって、自分の思い込みなんですよね。

もし相手に確認して、「本当に楽しかった?無理してない?」と聞いたとして、
「そんなことないよ!すごく楽しかった!」
と返ってきたとしても、きっと不安だと思います。
いやいやそれも社交辞令かも...と疑い出したら、キリないですよね。
多分そういう人は、しつこく確認した結果、「実はちょっと楽しくなかった」みたいな返事をもらった時、傷つきながらも、とにかく自分の仮説が証明されたことに対して、ようやくほっと安心できるのだと思うのです。

これは、「事実を得たからほっとした」のではなく、あくまで「自分の仮説が証明された」からほっとした、という点がポイントなのではないかな、と思います。
この行為は、相手が真にどう思っていたかを正確に把握したのではなく(そんなことは実際できない)、自分の中で、「自分と話しても相手は楽しくない」とあらかじめ結論が出ていて、その思い込みを補強する材料を自分で集めに行ってしまっているのですね。



どんなコミュニケーションをしたらいいのか

そのメカニズムに気づいて、相手の思惑をチェックすることは、自分を苦しめるだけで、はっきり言って意味がないのだ、と思ったんですね。

だから、心に思うことと外に出す言葉を一致させるようにして、相手もそのようにしていると信じることにしたのです。
具体的には、相手の言葉は、曲解せずになるべくそのまま受け取ることにしました。
同時に、相手を喜ばせるためだけの、心にもない社交辞令を言うのをやめていきました(自分がそんな風にしているから、相手も同様に心にもないことを言っているんだ、と疑ってしまうのだと思う)。

相手の言葉の裏を読まずにそのまま受け取ることや、
自分の言葉を大袈裟に飾り立てるのをやめることは、
人によってはすごく怖いと思います。私も怖かった。
それが鎧のように自分を守ってきたからですね。

そんな人は安心できる相手と話す時に、少しずつその鎧を外す練習をしていくといいと思います(恋人や家族など、近すぎる相手だと逆に難しいので、少し距離のある相手との会話から始めてみるといいかも)。

そうしたコミュニケーションを身につけた先に、優しくて過ごしやすい、穏やかな世界が待っているんですね。


まとめ

相手が思っている本当のことは、何一つわからない。
わからないから、探っても仕方ない。
探っても仕方ないから、相手の言葉をなるべくそのまま受け取ろう。
また、相手の言葉を素直に受け取れる自分でいられるように、自分もなるべく素直な言葉で気持ちを伝えよう。