映画を見るように、本を読むように、空想世界に没入する

最近、自分の心の整理をする時、心の推しと往復書簡のやり取りをしています。

(どういうこと?と思った人はこちらをどうぞ。読んだら戻ってきてね〜)

改めてこの手法、かなり効果的なのでは…?

と強く感じ始めています。


多少の妄想力が必要ですが、

あの人なら、
悩む自分にきっと親身にこんな声をかけてくれるだろうなとか、
躊躇う自分に、きっとこんなメッセージで後押ししてくれるだろうなとか、

そんな風に考えて書いた言葉は、かなり自分を勇気づけてくれるんですよね。


そういえば、以前どこかで、自分に向けてファンレターを書く、というワークについて聞いたことがあります。

自分が欲しいと思う熱烈なファンレターを、自分に向けて書く事で、元気が出る、みたいな内容だったかと思います。

ほんとかな〜?と思ってその時はやりませんでしたが、よく考えると、やっていることは同じですね。

閑話休題。



空想だから虚しい?

とはいえ、
空想に優しく慰めてもらっても、虚しいじゃん!
ただの都合のいい妄想で、意味ないじゃん!

という声が聞こえてきそうです。
わかります。
(私も、自分にファンレターを書いてみる話を聞いた時、最初、えーっ?と思ったので...笑)


例えば、読書したり映画を観たりした後、

「これって事実じゃないから虚しいよね」

となるでしょうか。


感動的なシーンで涙を流したり、
ハラハラドキドキのシーンで手に汗握ったり。
そんな体験をしている時、人は本当にその中に没入して、まさにその人の中で「実体験」になっているのではないでしょうか。


それと同じようなものと考えたらいいかもしれません。

一つの読書体験、映画体験と同じような空想体験。

そこに没入して元気をもらったり、励まされたりする時、人はその中に没入して、実体験するのではないかな、と思うのです。



まとめ

空想世界に没入することで、現実世界をより楽しく生きる、ということが、私の人生のある意味テーマと言えるものかもしれません。

AR作品制作に興味があるのも、空想世界により没入するためのトリガーにしたい、という思いが強いですからね。


ということで、空想世界のすゝめのお話でした。