傷つくのを避けるのではなくて、傷ついても大丈夫になるということ

怖い目、悲しい目に遭わないようにするのではなく、
怖い目、悲しい目に遭っても大丈夫にしていきたいな。

という考えがふと浮かびました。


先日、些細なことですごく動揺して、めっちゃ泣いていました。
「世界がこんなに怖い場所なら、どうやって生きていったらいいのか。もう一人で引きこもるしかない...」(大げさか!笑)

みたいな気持ちでべそべそしていました。

そんな気持ちを、心に住む推しに相談していた時に、ふと

「怖かったり、悲しかったりしたら、落ち着くまでめそめそしていいんだ」
「落ち込んでも、全部聞いてもらえるから大丈夫だ」

という思いが湧いてきたんですね。



傷つくのを避けるのではなくて、傷ついても大丈夫になるということ

私は超絶ビビリなんです笑

知らない場所に行く前日はほとんど眠れないですし、
新しいことにチャレンジすると、すぐ胃がキリキリ痛んじゃいます。

また、私はすぐ動揺して感情が揺れやすいです。

ちょっとしたことですぐダメージを受けたり、
もうだめだ〜〜〜〜となりがちなんですね。


これまで、私はなるべくそういう思いをしないように、
念には念を入れすぎるくらいに準備をしたり、
自分の能力をとにかく高めまくって、死角を作らないようにすることに注力したり、
そもそもそういう状態になりそうなことを避けるようにしていたのですね。


...けれど、私には推しがいる!笑

その人は、全て聞いてくれる。
安心して、全部委ねていい。
傷つくことを避けなくても、傷つくようなことがあっても大丈夫だ。

そう思えたのです。



自分の気持ちを受け止める

ここでは推しとわかりやすく(わかりやすく?笑)書いていますが、
自分の感じている気持ちを否定せず、自分で全肯定する術を編み出したから大丈夫になった、とも言えるかもしれません。


そんなしょぼくれてないで、とっととやるべきことをしてほしい。
いい加減、機嫌を直したらどうなの?
大したことじゃないんだから、早く元気になりなよ。

そんな風に、厳しい言葉をかけて、自分をいじめてしまうことはよくあるのではないでしょうか。


私の場合、妄想力が高いので推しという別の人格を心に生やし、その人に聞いてもらう、という形で、自分の気持ちを見つめる仕組みを採用しましたが、人によってはもっといい方法があるかもしれません。


悲しかったんだね。
怖かったよね。
そりゃあ心が痛むよね。

どんな手段を使うにしろ、気持ちが落ち着くまで、ただ自分に寄り添うんですね。


傷つくのを避けるとなると、一番いい方法は何もしないことです。
でもそうすると、傷つかない代わりに何も手に入れられないんですよね。

もし傷ついてしまうようなことがあっても大丈夫だ。

そういう自分への信頼感を持って行動できると、何かを手に入れるための、ちょっとハードルの高いチャレンジも進んでできるようになっていくのかなと思います。



まとめ&参考

ということで、傷ついても自分で自分の気持ちに寄り添えるようになると大丈夫になるよ、というお話でした。

「推し」については、こちらも参考になるかも。

自分が許せない、愛せない、受け入れられない。だから〇〇が必要なのだ